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《前回より……》

あゆみかん自作連載小説
主人公・松波勇気が異世界で頑張る長編ファンタジー
毎週火曜の夜に更新(週1連載)
全61話完結予定(話の展開上、延長の場合あり)
シリアスあり、コメディー要素ありとなっていますが作品中、
今後の経過により 残酷な描写 があるかもしれません。
同意した上で お読みください。
なお、第2話以降からは こちらに本編を掲載せず、別のサイト「小説家になろう」への小説直リンク先を貼って追加更新していこうと考えていますので、そちらへお進み頂きお読み下さい。
第53話の一部だけ、こちらに掲載しております。
どうぞ……
・ ・ ・
第53話 (割れた心)

「全ての始まりは……鏡よ、勇気。あなたが遺跡で真っ2つにした鏡――“透心鏡”」
新しい鏡の名前を聞いた。何だって? “透心鏡”? ……何だそれ。
もう一人の『私』は、目の前を行ったり来たりしながら教えてくれる。
「人の奥底に隠された心を映し出す鏡だった……なのに、あの日。鏡は2つに割れてしまう。それが始まり。まるでこう言うと宇宙のビッグバンみたいね。ふふ」
クス、クスと漏らす笑い声がよく辺りに響いている。私は黙っていた。『私』は私の方をたまに見るけれど、すぐに何処か違う所を見つめている。
「薄々感づいてたでしょ? やけにこの世界は“鏡”が多いなあ、ってさ。ヒントを与えていたつもりだったのに」
やれやれ仕方がないと肩を上下に揺らし素振りを見せる。
「まあいいや……どうでも。この世界も、どの世界も。滅茶苦茶になっちゃえばいいのよ……勇気、あんたココに来る前にそう思ってたんでしょ? 皆、自分勝手でさあ……人に嫌な事を押しつけたり、苛めたり、罵ったり……だったらさあ。
私も、自 分 勝 手 で い い よ ね ? 」
と、『私』の目が光る。とても力強く、不気味な視線だったために私の背筋は冷えてしまった。
「 壊してやる。どの世界も。まずはこちらの世界から。青龍を使って……」
興奮してくる胸の内を手で押さえ込んで息を弾ませた。
「破壊してやる」
意志がこもる。とても強い意志の塊。
何か言わないと、と思って即座に私は反論に出た。
「な、何言ってるの! 世界を壊したいなんてもう思ってないわ! ココにも私の居た世界にも皆は生きていて、ただ平和に暮らしている。た、確かに前は、クラスメイトに苛められたり……お兄ちゃんの彼女さんに別居を勧められたりして嫌な事が続いていたけど。でももうそんなのとっくにどうでもよくなってる。今の私は、
誰も恨んでなんかいないのよ! 」
一歩前に出て吠える私を、『私』は冷ややかに見つめて。
やがて片手を挙げてパチンと指を鳴らした。
するとどうだ。私の真横にハルカさんが現れ、間を置かずに私の背から腕を絡みつけてきた。
「ハ、ハルカさん!?」
ハルカさんの綺麗な赤い瞳を覗くが何の反応もない。私は羽交い絞めにされた。無言で私を押さえつけた。
「離して!」声だけで抵抗を試みる。
ハルカさんは生きていた。レイは? レイは、どうなったんだろうか。
「……あなたがハルカさんを操っているの?」
もう一人の『私』を睨む。フン、と笑って軽蔑の意を示す『私』。
「今のあなたがどうであれ、『私』はあなたから生まれた。倒せるもんなら倒してみなさいよ? そのご自慢の剣とやらでさあ……ウフフフフ、あはははは……ま、無理でしょうけどね。どう考えても。だって……」
クイ、とアゴでハルカさんに指図した。ハルカさんは、締める腕の力をもっと強めて私が顔を歪ませるまで締め上げていった。
「あああ!」

私の悲鳴を、とっても心地よい響きを聞いたように反応する。
「いいわあ……勇気の悲鳴。勇気、知ってた? あなたが苦しめば苦しむほど、私は悦ぶの……たまらなく」
ウットリと手で首筋を撫でていた。「 もっと叫んで 」
私は気持ち悪くなってきていた。さらにハルカさんは力を込めていく。「……!」
苦しみ歪む顔から、汗が何滴も辿って下へと落ちていく。苦しい、嫌だ、 助けて。
私は暴れたが、ちっとも動じない。女なのにハルカさんは私なんかよりよっぽど力が上だった。考えてみたら、カイトだって敵わなかったんだ。その事を思い出してしまった。
「レイは青龍に喰われたのかしら。もう知らないけど」
と、『私』はボソリと言った。
私にとっては幸運だった。何とハルカさんの力が“ レイ ”という言葉に反応したのか一瞬だけ力が緩む。
すかさず、私は渾身の力でハルカさんの手を振りほどいた。それは成功し、私はハルカさんの呪縛から解き放たれる。押さえつけられていた腕を労わりながら、ハルカさんと『私』からある程度に離れて。ハアハアと息をついた。ハルカさんは追いかけては来なかった。
変な間が空く。
ハルカさんの呟きが、かすれて響く。
「レイは……?」



とてもとても小さな弱い声。迷子の子供がママを呼ぶようで消えそうな声だった。
「 レイは何処なの……? 」
『私』はああそうね、と思い出して私を再び見た。
「私の代わりに動いてくれた彼に感謝しないとね。勝手に神殿に来て勝手に修行して勝手に暴走、それから自滅してさ。なあんだか可哀想だから、かまって利用させてもらったけど。よかったんじゃない? 青龍が好きみたいだったし、見られて本望でしょ……せっかく面倒看てあげてたんだし」
* * * * * * *
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恥ずかしい……。
恥ずかしくて、倒れそうになる勇気。
勇気は、そして未来は。
どちらへ――
ありがとうございました。
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あゆみかん自作小説・51

【 蜘蛛絵図 [ クモアート ] 】
2008年11月7日。ネット小説自作作品51作目。
ジャンル: ? 前後作 読了約17分
< キーワード >
トレーディングカードゲーム(TCG) 必殺凶器 金出さんかいワレ
これが俺の店長ライフ 正直しんどい
* あらすじ *
TCG(トレーディングカードゲーム)専門店で働く澤田店長と
毎日巣または網作っている蜘蛛とが織り成すのは
アートな世界。
お互いはどうなっちゃうのか?

―― いや、どうもなりませんよ。
* * * * * * * * *
前編と後編に分けています。
前編だけをこちらに掲載しております。
後編は、後記のリンクへとお進みを。
店長と蜘蛛のちょっとズレたゆるい毎日をお楽しみ下さい。
前編
頭を悩ませている問題がある。プレハブ小屋に毎日、巣または網作っている蜘蛛のことだ。
俺は学生の頃からトレーディングカードゲームに興味を持ち始めた。TCGと略されるが、能力値やキャラクターの秀麗イラストがかかれたトレーディングカードをテーブルに並べて相手と戦闘を繰り広げる対戦型ゲーム。
使用するトレーディングカードを買って集めなければ始まらない訳だが俺はまず、数十枚、とカードが初心者用に構築されたデッキ(セット)を購入し、それを基に各地の書店やゲームショップの片隅で行われている大会に顔を出してみた。
それからというもの、大会は公式・非公式・ただの野郎集まりなど、形式に関係なく何処であろうとも積極的に参加するようになっていったのだった。
カードも始めはデッキひとつで頑張っていたのだが、やはり物足りなくなり数枚入りで売っているブースターパックを買い出すようになった。どんどんと深みに嵌められていくようで、毎月の小遣いやバイトの給料の占める出費の割合も一緒に大きく膨らんでいった。
デッキケースの柄にこだわり、勿論常識だがカードは1枚1枚をスリーブと言われる外装フィルムに入れるようにして、財布の景気のいい時はブースターもBOX買いをするようになった。
必要のないカードや重複したカードは試しにネットオークションで出品してみたら買い手がつき儲かったのに味をしめ、今後の小遣い稼ぎの手段のひとつになっている。旬な時は万単位で取引可能だった。
気分はかなりの悦である。しかし直ぐに次なるカードへの出費へと……金は消える一方なんだがな。とほほほほ。
と、まあ。そんな学生の時分が過ぎようとする頃になってからだ。
俺は将来のことを四六時中考えるようになっていた。いや、もっと昔から考えてはいた。ただぼんやりと、想像できない自分の姿を。どうなっちまうんだろうかと常々に。あっちゅう間に時は過ぎたがな。
さあこれからフリーター突入かと思われた矢先だったんだ。俺は幸運にも矢坂というTCG界じゃ帝王とも呼ばれる男と出会った。ほんのしょぼくれた小さな大会で対戦相手として出会い、俺はありったけの力で奮闘したが2回戦で惨敗し。握手した後色々と身を明かして話し、会話は弾んで意気投合した。そして。
何と店を経営することになった。
帝王・矢坂という男はTCGを含め市場では様々な実績を残している男だったようで、会社をする傍ら俺のような暇人を見つけては『どうだやってみないか』と声を掛けているんだそうだ。ははあ。
最初、右も左も訳わからん状態だった俺だが、事務の加代子さんと来(ライ)さんが力になってくれて俺は大いに助かっていた。2人とも接客の方が向いてそうなほど笑顔がチャーミングな女性で、もし自分に妹がいたらこんな双子が欲しいぞと思えてしまった。
普段他愛ないおしゃべりでは、にこにことしていて笑いも引っ切り無しに続くのだが、仕事となるとその様相はガラリと変わり。俺は天使から 地獄の鬼 にでも化けたような2人にしごかれ尻に火がつき、休まる余裕もまるでなかった。
先が全く見えず頼りなく始めた我が店の名は“ カ・ミューン ”。別に俺の名がカミオだからだとか、そんな理由ではない。俺の名前は 澤田慧太(けいた) だ。店の名前は単に英語の“ カモン(おいで) ”をもじっただけである。
さて。このTCG専門店の店長ではあるが。実は矢坂さんや事務のお姉さん方の下っ端という
素晴らしく微妙な立場にいる 俺の。今一番の悩みとは。
冒頭でお伝えした。
店であるプレハブ小屋に毎日巣作っている蜘蛛のことである。
どのように巣を作っているのか。そう、普通なら。部屋の角隅や人目のつきにくい所など、蜘蛛も自らの立場をわきまえて住処を構えているもんだと思っていた。しかしだ。店の。
屋内堂々と中央に蜘蛛はどんとこせと巣作って 居座っていたのだ!
レジカウンターから見て左から右からと、TCG関連商品がズラリと並んだショウケースの上、天井から近く、蜘蛛のチラチラと蛍光灯に照り光る糸はダラリと軽くしなってはいるが、長くてまるで暖簾(のれん)のように垂れ下がっている。
しかしその暖簾が1本や2本の筋ならまだよかった。すぐ切れそうなものだ。だが。
困ったことにその暖簾はとびきりの 芸、術、作、品、だった。
「何だとお……」
最初は誰かがペルシャ絨毯でも買ってきて洗濯し干しておいたのかと思った。それほどまでに、まさに縦糸と横糸で器用に『編みこまれ』た芸術の模様――それが蜘蛛の糸だと判明したのは少し間を置いてからだったが――の出現に、俺は度肝を抜かれてしまった。
それを初めて目にした日の朝を振り返っておこう。
いつも俺は。店を開けようと定時である朝の9時に車を飛ばしてやって来て、警備のかかったドアを開ける。それから売場へと突き進んで開店準備の開始だ。そのはずだったんだ。だがそこで……俺はいきなりアーチックな世界へいらっしゃいませと踏み込むことになってしまった。
う、美しい。
奇跡だ。
俺はしばらく呆然と、それに魅入ってしまっていた。
左右の壁の狭間でまだ照明を3分の1しか点けてはいない薄明かりの中で。この『作品』は俺に衝撃と感動を与えてくれたのだ。
時間だけが過ぎていく。何処かでカッチコッチと鳴る時計の音がよく響いている。冷え錆びた……幽玄の世界だ。 いっそここには時間が存在しない……。
……なんて昇天した顔でウットリ堪能していたら。
「何やってんの、澤田君」
名前を呼ばれ俺はハッとして現実に舞い戻ってくる。背後から浴びせられた声の主を確認する前に俺は高く掛けられていたアナログ時計を急いで見ると、10時5分。「やべ……」
開店時間をとうに越えていた。ここに来たのが9時10分頃だったから、1時間近くもこんな所で突っ立っていたということか。何てこった!
「すんません加代子さん! ついあれにみとれてて……」
俺の後ろに立っていたのは事務の加代子さんだった。白のスカートスーツに白のヒールを履いている。耳元のシルバーのピアスが輝いて、微かに甘い香水の匂いが漂った。
「何なのこれ。 新しい趣向?」
加代子さんもキョトンとして巣を見ていた。
「んな訳ないですよ。昨日の帰りには無かったのに、たったひと晩でこんな……」
俺は頭を掻きながら、さてどうしたものかと悩んでいた。
「まあ、とにかく 邪魔 ね」
加代子さんはすぐ傍の壁に立てかけてあった軽めの箒(ほうき)であっさりと巣を払いのけてしまった。「ああ!」
俺からつい声が漏れ出す。「何よ。だって営業妨害じゃない」
加代子さんに躊躇や情けはなかった。やがて巣は全て箒に絡みつき床にも落とされ、回収され水で洗われ最後に排水口へと消えていった。
それからというもの。
蜘蛛の糸は、毎朝毎朝と。芸術作品を俺に見せつけてくれるようになったのだった。
始めの方は曼荼羅やら幾何学模様やらベイズリー柄やらと 『柄』 』で俺を圧倒させ攻めていたのだが、次第にモナリザやヴィットーレ・カルパッチョ、葛飾北斎と 『絵』 で攻めてくる。そして今度は芸能人やミュージシャンなど、 『人物』 を糸で表現してくれた。
素晴らしい。ただただため息をつき驚嘆するばかりだ。
思わず携帯で写真を撮り、今度金銭に余裕があればデジカメを買って被写体をちゃんと撮って収めようと思っていた。
「ふん!」
思い切る鼻息の音をさせて毎日奮闘しているのは加代子さん及び来さんだった。毎日毎日、箒で巣の撤去に励んでいる。
「見てないで何とかしなさいよ!」
時々俺も怒られる。言われて渋々、買ってきて増えていく箒の1本を手に取り撤去作業に協力する。加代子さんの言う通り、これでは営業妨害だな、確かに。
何て蜘蛛の巣発見から2週間になってようやくそれに気がついた時。
もう1つ気がついた。 『奴』は、何処にいる……?
俺は初歩的なことに気がついたのだ。巣の『家主』をまだ見ていないと。会ったら会ったでこんにちは精が出ますねと挨拶の1つはしてみたいもんだと思うが、一向に姿を現さない。これはおかしい。
まさかシャイなのか。
「あーもお! 毎日毎日い! こうなったら……!」
ある日ついにキレた加代子さんは、その細い腕で隠された所に仕舞われていた必殺凶器を持ち出してきた。グレー色のスプレー缶。商品名は『ムシ・コロース』。ネーミングに捻りもなく殺虫スプレーだ。
「何処に潜んでいるのかしらね……?」
加代子さんの目の奥が妖しく光る。何処か芝居がかっている加代子さんの風体。「イーヒッヒッ……」素でないことを祈るばかりだ。
「こら加代。今そんな物を振りかけちゃ、臭いが付いて商品が傷んじゃうでしょ。とにかく、澤田店長。
このままでは迷惑ですので、今夜何とかして下さい」
後から出勤してきた来さんが俺にそう言ってきた。
「へ? 今夜?」
「だって閉店後に活動してるんでしょ蜘蛛。だったら待ち伏せて、話つけてきて下さい」
蜘蛛と?
俺の目に映っているのは、ムシ・コロースを片手に店の隅々にまで目を行き届かせて獲物を探している屈み込んだ加代子さんの背中と、とっとと必要な書類を持って持ち場へと戻って行こうとする来さんと。フォトフレームに入れられ毎日1つずつ増えていく蜘蛛の糸作品を撮影しプリントされた写真が飾られた壁。
これが俺の店長ライフなのか。 ……何で。
今日は木曜日。発注した新商品がどっと勢いよく届き、接客傍ら朝から商品の整理と陳列とに追われ大忙しだった。
客の年齢層は主に子ども。プレハブ小屋という、こじんまりとした店でもあったので、たった十数人の人間が来ただけで屋内はもう満員だ。金銭的に人も雇えない自分とあっては、基本ひとりで頑張るしかない。事務の加代子さんと来さんが開店当初から応援に手伝ってくれているのでかなり助かってはいるが、本当にひとりだけでしようものなら相当の覚悟を用意しておいた方がいいだろう。とても好きでないとやっていかれない。
午後からは公認の大会だったが、特に問題はなく時間は過ぎていった。
さあこれから夜。
俺は売上集計、荷物の整理、売場の掃除、明日の発注確認など日課を終えてパイプ椅子に腰かけて休んでいた。店を閉めてから数時間。忙しかった今日はいつもより作業に時間がかかり、もう日が変わろうとしていた。
カッチコッチ。静かな店内に時計の音は規則正しく音を立てる。椅子に腰かけて売場を見渡し眺めながら、自分の人生というものを考えていた。
……俺、このままここにいていいんだろうか。
途端に顔が曇る。心に影を落とす。俺は少し不安になった。
壁際には、本日入荷した商品も含めTCGのBOXや関連商品としてファイルやスリーブ、フィギュアなどが並んでいるショウケースが場をとっている。壁にはキャラクターや予定が書かれた広告ポスターが貼られて見るにとても賑やかだった。
2次元的な物はここにたくさんあるが、人間は今俺しかいない。
ひとりだ。
もうかれこれ上京してから何年経ったのだろうか。親父とおふくろ、元気かなあ……。
俺はウトウトと、疲れもあって椅子に座って腕を組んだままうたた寝をしてしまっていた。時計は、午前2時を迎えている。
「クシュン!」
すっかり寒々とした売場で自分のくしゃみとともに目が覚めた。そして仰天だ。俺は即座に立ち上がる。ガタ。激しく椅子を動かしていた。
オ ツ カ レ サ マ 。
蜘蛛の巣には、カタカナという日本語の文字ではっきりとそう書かれていた。
「蜘蛛の野郎……」
テカテカと光る蜘蛛の糸。朝になれば、ウチの事務のお姉さん方に取っ払われてしまう少し可哀想な糸。短き時の芸術。
「ちきしょお……」
俺がそう呟いてしまったのは、別に加代子さん達や己の運命を呪ってのことではない。今、俺の目尻に溜まった水の粒に対してだ。ちきしょお、何で涙が出るんだよお……。そう思いながら拭うと、涙はもう出ては来なくなった。「本当によ……」
困った奴だぜ、ともうひと言漏らしながら俺は裏に置いてある箒を取りに売場を歩いて出て行った。
《 後編へ続く 》
ご読了ありがとうございました。
テーマ : SF(少し不思議)自作小説
ジャンル : 小説・文学
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第54話の一部だけ、こちらに掲載しております。
どうぞ……
・ ・ ・
第54話 (逃亡、そして)
追いかけてきたセナ。
が、転がる勇気の腕を乱暴に掴み上げ、引っ張り起こしていた。「痛い!」
そして、「放して!」と。
腕を引きちぎっても構わないくらいに抵抗したが、セナの力の方が上だった。手は絶対に離される事はなく。「落ち着け!」セナは勇気を睨み威圧する。
普段なら、恐れおののくだろう。ひるむだろう。たじろいで、大人しくなってしまうのに違いない。だが、今の勇気に怖いものはないように感じられた。セナの怒りさえ、軽く見えるほどに。
気が動転してしまっている。
それはセナの目から見ても明らかで、どうしようもなかった。
セナは天神から全てを聞いてきた。
勇気が始め、2人に分かれた事を。
世界を破壊しようと企み動かしていた真の支配者は、救世主、勇気の……『心』だった事を――。
セナは初めて勇気の片割れを目撃してからは、薄々と感じていたのかもしれない。だが、まさかと。自分もまた、疑いを晴らそうとはしなかった。しようと思わなかった。
そんな少しだけの罪悪感がセナにあった。もっと早くに聞いてやればと後悔して。
それは、今の勇気を、見れば見るほど大きく膨らんで――。

「落ち着け……」
セナは勇気を抱き締めてあげた。何処までも暴れ狂おうとしていた勇気だったが、次第にそれは小さくなり無抵抗になっていった。最後は諦め、はあと、セナの胸内で息を吐く。「落ち着いて……」


2つの腕は勇気の背中にしっかりと回し、ベルトを締めるようにギュウと渾身の力を込めた。それが精一杯にできる事だとセナは思った。と同時に、この手の中の少女は何と小さな事かと思い知る事にもなる。
これまで、同じように勇気はたかだか小さな存在にしかすぎないと何度でも思ってきた。まだ13歳でもある……セナは昔、監獄で育った。今にして思えば、幸運だったと思う事もできる。親に見捨てられた子供など数えきれないぐらい居る。生き延びられなかった子供も多く居る事だろう。たった一切れのパンに出会う事さえ困難な状況の中で、セナは監獄という名で『保護』されていた。まさに幸運。おかげで死なずにすんでいる。健康で、真っ当な精神で自分の足で歩く事ができる……出所したての頃は、目的もなくブラブラと道を探して迷子になっていた。目的を探す事が目的なんだと時々に笑いながら。
皆が迷う。 道がないからだ。

道は自分で作らなければならない。それを、現実は教えてくれる。
厳しさと、騙さない誇りを持って。現実は…… 嘘をつかない。

「よく頑張ったよな……お前。凄いよ……」
心の底からセナは、勇気という壊れやすい人間を大事に思った。壊れやすいと言ったが、壊れないし屈しない。いつでも真っ直ぐだったと過去を振り返る。
時々は、壊れかける。逃げようとする。あがく。苦しむ。わがままを言う。そんなものは当たり前の事だ。何故なら人間、人間、なのだから。
でもちゃんと真っ直ぐ、真実まで辿り着いたではないか。
セナは褒め称える……少し身を離し勇気の顔を見るようにした。
勇気は酷い顔をしている。絶望にこっ酷く打ちひしがれた可哀想な顔を。セナはわかっている。いつかも言った……『本音』をさらす事が、いかに大変なのかを。
セナは思うままに身を任せる事にした。
口唇に触れる。
覆っていた雲は、薄くなり途切れて。
大きな月は朧げではなく隙間から顔を覗かせている。2人の重なった影は伸びて。時は、瞬く間に過ぎていった。
軽いキス。しかし長い。
月は光で2人に祝福を照らしている……
……
勇気の中で何かが溶け出していっていた。
だから涙が出るのかなと……勇気はそんな事を思う。
セナが作り出した空間は、温かだった。抱き締めてくれて、諭してくれる。落ち着けと……勇気にも理解できるように、足りない言葉の代わりにキスを贈る。勇気には、充分に理解できた事だった。初めて自分を労わる言葉を見つけ出す。

御苦労さま――
自分の中にいつまでも滞在していたしこりは、溶け出してなくなっていった……。
* * * * * * *
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☆次回 第55話……
皆の所へ戻った勇気。
まだ物語は終わっていない。先がある。
これから青龍を封印しなければいけないのだ。先は長い。
さて。どうすればいい ―― ?
ありがとうございました。
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第55話 (青龍、封印とその法)
「それでは、第五章です」
顔を上げた。お腹に力が入る。天神様はそう言うと、一つ咳払いをして私の顔を真っ直ぐに見直した。惹き込まれる瞳……強い引力だった。私の目を捉えて決して離さない、決意や真のこもった瞳。そしてそのまま天神様は息継ぎとともに、ポツポツと言葉を坦々に語り綴っていった……。

「『第五章 “救世主”……
或る時 玄武が降り立ちて 地に死という名の雪を降らしたり
其の時 救世主という名の人間 自らの血と肉をもって 玄武を奥深くへと 封印す
また或る時 朱雀が降り立ちて 地に死という名の光線を浴びせたり
其の時 救世主という名の人間 自らの血と肉をもって 朱雀を奥深くへと 封印す
また或る時 青龍が降り立ちて 地に死という名の風を吹きあらしたり
其の時 救世主という名の人間 自らの血と肉をもって 青龍を奥深くへと 封印す
また或る時 白虎が降り立ちて 地に死という名の毒をまき散らしたり
其の時 救世主という名の人間 自らの血と肉をもって 白虎を奥深くへと 封印す
救世主は自らを生け贄として捧げ 四神獣の腹を満たし
生涯を遂げるものとす
満たされた四神獣は 封印という名の眠りに陥りたり』」
……そこで途切れた。
……。
……。
辺りは、シーンと静まり返っている……。
「……死という名の……」
ヒナタが私の背後で言った。私は振り返る……何も考えずに。
それからヒナタと目が合ったけれど特に何もお互い返す事はなく。私は前に向き直した。そして皆の反応を待って……でも。誰もが固まってしまっているようで、動き出そうという雰囲気が暫くなかった。
「生涯を……」
マフィアが声に漏らす……それが堰を切った。
「救世主を……」
「生け贄……?」
「生涯を遂げるだと……?!」
皆が皆でまくし立てる。ざわめきが激しく私の背後で口々に暴言を交えて飛んでいった。
「……どういう事だ! 勇気が死ぬとでも言うのか!」
「説明して下さい。納得がいきません!」
「……ふざけんな! ……畜生!」
皆は怒っている。本気で言っているのがわかる。それぞれが地面を叩き、手が震え、目は血走っていた。沸々と、心の底から感情が沸いているのがひと目でわかる。
でも天神様は落ち着いてそれらを見守っていた。何も言わずとても落ち着いて。
私は……。
私だけは……メンバーの中で、私だけは……。

黙っていた。

「勇気! わかってんのか!? ……お前、死ぬんだぞ!」


誰かが私の両肩をぐいと引っ張る。私を向けさせたのはカイトだ。カイトの顔が私の真正面にあった。怖い顔をして。

私は相変わらず何とも言えない顔をして。無反応な顔をして……。
他人事だと思っていたかった。
天神様の言葉を思い返した……
『生涯を遂げるものとす』
いきなり。どしんと、重くのしかかってきた。何かが私の中に。
それでも何も言葉も感情も出ては来なかった。
「神獣……青龍は、異世界の少女の肉が好物なのだ。そこで、七神の力のエネルギーを凝縮させ、それを持って救世主――即ち『生け贄』は、青龍の体内に侵入する。それからエネルギーを解放し、内側から青龍を攻撃するのだ」
天神様は続けた。
「しかし、それでも青龍は倒せない。だが青龍を体内から刺激する事で、睡眠作用が働き数百年余りの眠りにつく事ができるのだ」
それが青龍を大人しくさせる法。手段。私が皆の、七神として集めたエネルギーを持って青龍の中へ入って。そして、解き放つ。そうすれば青龍は――
「生き残れた救世主は……」
セナが呟いた。まだ夜の暗い周囲の中、小さい声のはずがよく響いてこだまさえ聞こえた。
生き残れた救世主は……
天神様は首を振った。
* * * * * * *
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☆次回 第56話……
私、死ぬのね――
ううん、死なない。死んでたまるか。死なない。
たとえ、私のこんなちっぽけな命でも。
一生懸命に生きてます! だから――
精一杯、頑張ります!!
ありがとうございました。



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第56話 (快楽と苦しみ)
「う……」
『もう一人の勇気』は苦しみ、胸のあたりを強く押さえた。押さえて掴んだ制服にできたシワは、無数にも及ぶ。むず痒い苦しさが、『勇気』を襲った。「うう……」
青龍の頭上で暫く身を固めうずくまって過ごした後、少しずつ楽になっていった。時々に、こうなる……『勇気』は、もう何度目になるのかが知れない苦しさの狂想曲にうんざりを覚えていた。そしてつい思うままに言ってしまう。
「ふ……勇気……いいわねあんたはそうやって皆に愛されて。護られて……」
心の中も同様。言葉だけでは足りない“気持ち”は、『勇気』の全体を支配している。
(あんたが笑うたびに、傷が一つずつ増えていくのよ……)
誰も聞いてはくれないけれど、と。『勇気』は言葉を吐き出す。
やり場のない思い。行く所のない苦しさを。……吐く。
「あんたの影なんて……なりたくなかった」
回想をする。勇気の見てきたもの、聞いてきたもの。『勇気』は全てを知っていた。

月夜祭。セナに指輪をもらった時。


摩利支天の塔。蛍が仲間になった時。
“聖なる架け橋(セイント・ブリッジ)”でセナと話した時。



元の世界から戻ってきた時。
魔物と戦った時。街で買い物をした時。



南ラシーヌ国王と話した時。
最後の七神を見つけた時。


セナと再会できた時。

仲間とともに過ごして誓いを立てた時……。

![20080406192810[1]](https://blog-imgs-41-origin.fc2.com/a/y/u/ayumanjyuu/20081124080944.jpg)
思い出す。勇気の笑顔。
とても嬉しそうに。子供らしく笑って。
辛い事など、その時は忘れて。
幸せそうだった。
なのに何故。
『勇気』には、それを苦痛にしか味わう事ができない。
勇気が笑い喜びで満たされれば満たされるほど、『勇気』には苦痛でしかない。
そんなカラクリが、“勇気”という合わせて一人の身にお互い起こっているのだ……そしてそれを知っているのも『勇気』だけ。勇気は知らない。
負の部分を背負う。
『勇気』は青龍に這いつくばりながら、何もかもが憎らしくて体が沸騰しそうに熱を帯びていた。
(どうして……どうして私ばかりが苦しまなければならないのよ……おかしいわ)
その代わりに。
勇気が苦しめば苦しむほど、『勇気』は悦を得る。それを知っていた。
(もっと……もっと苦しめ。そしたらもっと私は……)
楽になるのよ、と。声に出さずに飲み込んだ。
やがて上半身だけを起こした『勇気』は、青龍に命令する。
「青龍。勇気達を追いかけて」
ウオオオオ……
金物のような響きと合わせた唸りを青龍は上げた。同時に、自由気ままに空を浮遊していた体はそのうちに進行方向を一方に定め、進んでいった。ユラリユラリと長い全長はくねらせ、動くたびに皮膚からこぼれ落ちた毒の粉は地上に降りかかる。
「いい子ね……あなただけよ。私の気持ちを理解してくれるのは……」
青龍とともに進行方向を見つめていた。風切る中を、時々に目を細めながら。
この先に勇気が居る……勇気をもっと苦しめてやればいい。もっと近くに居れば居るほどいいに違いない。きっと楽になれると。
この苦しみから逃れる事ができると。
『勇気』は信じた……
『人間は精霊とともに この世で生きる道を選びたり
しかし 人間と成ることのできなかった者 存在す
これが獣なり――』
第三章、“四神獣”の章の一部が『勇気』の脳裏に蘇った。獣、とは――
『人間と成ることのできなかった者』
「……私も、勇気から生まれた出来損ないなの……」
何と、『勇気』の目から一滴の涙が流れ落ちていった。
* * * * * * *
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接近――
あれが私なんだと、勇気は自分を見た。
青龍を倒さないと。
できなければ、封印を。
皆が血だらけに染まってく……勇気の剣は、どこまで。
セナ、放して。
決して諦めないから――
ありがとうございました。
あゆみかん自作小説・52

2008年11月26日。ネット小説自作作品52作目。
ジャンル: SF/短編 読了約19分
< キーワード >
目の中にミジンコが見える 伝染病ランキング
最期は笑い死に 気分は魔王 宇宙からの贈り物

* あらすじ *
水森紳(みなもりしん)。
彼は、 インターネット をし始める。
「驚かないで聞いてくれ。俺達は……」
バームキューヘンダー星人。
いつしか、紳は思うようになるのだ。
言葉なんて……
笑い声で消してしまえ、 と――
* * * * * * * * *
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最後まで書いてみてからでないと、
一体この小説は何ジャンルなんだろうかと思ったりします。
最初から、「よし! ○○を書こう!」と決めてかかったら悩むことはないのですが。
今作は、『世界じゅうが笑いに包まれたら』という、
それではどんなのになってしまうのだろうかと思い書き上げています。
いっそ笑えばいいんじゃない。という、
投げやり感も『コメディ食』で……(ダメですかね 汗)。
宇宙人が出てくるのでSFになっただけですね。
あんまり笑えないかと思いますが。はは。
ではでは。また何処かにて……。
以下に、冒頭ちょこっとだけ掲載しています。
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「あれ……」
流れ星がひとつ。彼の頭上で横一文字に線を描き流れていった。
やがてそれは数を増やし、光のシャワーとなって。地上へと降り注ぐことになるだろう……。
水森紳(みなもり しん)は、幼少の頃からずっとなかなか免疫力がつかず病気がちだった。
外へ出かけてから帰ってくるとすぐに熱を出し、小学生の時はそんな調子で欠席日数が多かった。成長するにつれ丈夫な体にはなってきたものの油断はならなく、それは中学生となった今でも、である。
色白で男の子なのだが、可愛らしい顔をして女の子に見えていた。あまり表情を崩すことがないので、お人形さんだねと近所のおじいちゃん、おばあちゃんはよく彼をからかっていた。紳はそれをどう思っていたのかは知れないが、誰も彼の胸中を知る者はいなかったという。
彼はインターネットをし始める。
小学6年になった春休みだった。姉の静羅(せいら)が新しいパソコンを買ったため、古いパソコンを頂戴したというわけだった。外に行くことの少ない彼にとっては、それはよいおもちゃとなっていくのだった。
ネットを使って彼は遊んだ。部屋ではダウンロードをした好きな音楽、シンセポップをかけながら、マウスを動かしキーボードを叩いている。ネットの中では何処か誰かのホームにお邪魔し簡単な挨拶から始まって。コメントを書き残していった。
そうやって訪れた先々で足跡を残しながら、ネットの中を渡り歩く。見えない相手たちとのチャットで会話をして、並ぶ文字の羅列を目でひたすらに、ひたすらに追っていて。どこまでもどこまでも読み続けていった。いずれは好きな分野のサイトを自分で開設し、別の所ではコミュニティに入って参加してみたりした。暇つぶしに絵を描いたら、それを画像に移してブログ日記に貼ってみる……。
そうやって段々と抜け出せない深みに嵌まって変化していく彼に、声をかけるどころか気がついてくれる者が家族でさえもいないというのは……少し悲しいことだった。
いつでもネットから湯水のように溢れてくる情報を、脳に吸収し取り込んで得ることができる。彼は機器の使い方とともに世界のあらゆる現実を知っていくこととなっていった。しかし。
彼はこれからどうなってしまうのか……どんどんと、ネットの世界に閉じ込められていく……時を忘れて。
その中でいつしか紳は思うようになるのだ。言葉なんて。
笑い声で消してしまえ ―― と。
……
「紳の様子がおかしいんです! お姉さん!」
と、田畑こころは訴えた。静羅はびっくりして隣に並ぶこころの顔を見る。
2人は学校からそれぞれの家へと帰る途中だった。学校の駐輪場で、こころは自転車に乗りかけた静羅を見つけて、一緒に帰りませんか話があるんですと声をかけたのだった。
自転車には乗らず押しながら横に並んで歩いて、人通り賑やかな交差点を曲がり。どうでもいい最近の話題な話を幾つか話した後。こころはさて、と本題を持ちかける。
話を切り出すのに、こころは声に力がこもった。
「紳が? ……どんな風にかしら。我が弟ながら、何考えてるか分からないんだよなぁ」
そう言いながら静羅は苦笑いで小首を傾げた。落ち着いたこころは、はあとため息で沈黙を覆い隠す。
「私だけがそう思ってるのかもしれませんけど……」
こころは紳と出会った頃のことを思い出していた。
こころは紳と幼馴染である。初めて会ったのは小学3年生の時だった。
同じクラスとなり、家がご近所どうしで、公園やマンションの駐車場などで友達数人とこころが遊んでいると何処からか紳がひょっこり現れる。
大人しくて、人の輪の中に入ろうとはせずに黙って見ているだけの紳に、「おいでよ」と最初に声をかけたのがこころだった。
それが始まり。紳とこころは友達になった。よくサッカーやテレビゲームの対戦などで遊ぶようになった。
2人は中学2年となった今でも友情で長々と緩やかに続いている。
ただ、過ごす時間は2人が大きくなるにつれて減っていく一方だったのだが。
「急に部活も勝手に辞めちゃうし……」
セーラーの襟が風に揺れた。雪でも降るのではないかと思われるくらい冷たい風が、静羅とこころに打ち当たる。街路樹から枯れ落ちた葉は、2人の足元をかすめていった。
「部活っていうと……」静羅が言う前にこころは教えた。
「『お笑い研究会』 です」
「ああそう。それ」
風は笑った。冷ややかに。
「部長に聞いて初めて知りました。紳からは何も聞いていなかったのに。いきなりだったんだもん」
口を尖らせるこころ。それだけで紳を『おかしい』と判断したわけではなかった。
「ある日教室で……紳が机の上に本を置いて読み始めたんです。『新大江戸捕物超! アスペラ君がマイル』第十巻を。でもしかしですね、机の上には第八巻しか置いてなかったんですよ! ……ということは、第九巻を飛ばして十巻を読んでいるということになります!」
こころは力説を奮った。
「あの 九巻 をですよ! 考えられません!」
そんなことを言う。
はあ……と適当な相槌を打った静羅は自分の右手側にある商店の、ワゴンで売り出されていた靴に目が一瞬だけ奪われた。本日限りでブーツが安い。
こころの 『紳がおかしい説』 は横で続いていた。
「不良が捨てた煙草の吸殻を……後で拾って、近くのごみ箱に投げ捨てるのかと思ったら。ちょっと違うんです。ごみ箱の横に置いただけなんです! 何故、中に捨てない! 私には紳の考えていることが全くわかりません! あの几帳面な紳が」
「ああそう……へえ」
静羅はどうでもいい返事をした。
こころはさらにもうひとつ付け加えた。お付き合い願いたい。
「突然空を見上げながら……紳は言ったんです。『酸素分子が見える』……おかしくないですかあ!?」
興奮したこころは最高潮に至った。「まだ目の中にミジンコが見えるってんなら分かります!」
静羅には分からなかった。自分との年齢差のせいかもしれないと無理やりに思うことにした。
「それに、よく笑うんです」
こころは言った。
それにピクリ、と静羅は反応を示す。「……どんな風に?」
何故だかは分からないが静羅は真剣な目つきになった。こころは、それには気がつかなかったが妙なテンションのままで熱弁を披露していった。
「わははは、とか。あっはっはっはあとか。無口な方だった紳がどういう心境の変化かよく笑い声を上げるようになったんですよね。周りもつられて大笑いしちゃいます。それはいいんですけど時々うるさいなぁ、なん……」
と、こころが言いかけた時だった。
突然、静羅は歩くのを止めた。手押していた自転車ごと停止してしまった。
「? お姉さん?」
不思議に思ったこころは、静羅の俯いた顔をよく見ようと下から覗き込んだ。静羅は何かを考えているようで、口元のあたりでぼそぼそと何かを言っている。こころには聞こえなかった。
静羅は意を決したように、顔を上げてこころの瞳を見た。
「こころちゃん。驚かないで聞いてね……私たちは、人間じゃないの」
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テーマ : SF(少し不思議)自作小説
ジャンル : 小説・文学
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